雪道では、普通の革靴よりも

スパイクのある革靴のほうが滑りにくい

今回は、ボールを撞くときに欠かすことのできないアイテムである「チョーク」についてお話しします。

タップが出現する前のキューというのは、単に先端が丸くなっただけの木の棒でした。

そのためボールの中心しか撞くことができなかったのですが、19世紀始めの頃、イギリスのとある港で荷受けをしていた人たちが、試しに木箱などの積み荷に行き先を記すために使っていた白墨の粉をキューの先端に塗ってみました。

すると、少しヒネることができるようになったのです。


それ以来、プレーの質などが格段に向上したわけですが、ヒネリがイギリスで生まれたということで、ヒネリのことを「イングリッシュ」と呼ぶようになりました。

つまりチョークの原点は白墨で、炭酸カルシウムなどの基材に、タップへのノリを良くする研磨剤や顔料などを加えて成形したものなのです。

ちなみに、「チョークの成分が含まれているためにブルー系のタップは青い」という話を耳にすることがありますが、それは正しくありません。

本エッセイの第2回でもお話ししましたが、ブルー系の革はクローム鞣しによって作られていて、その鞣し方をすると革は、青みがかったグレーに仕上がります。

それに顔料をまぶすことで、ブルー系のタップは青くなっているのです。

では、チョークを塗るとなぜヒネることができるのでしょうか。

それは、研磨剤がスパイク粒子となって、ボールを掴んでいるためです。

雪道では、普通の革靴よりもスパイクのある革靴のほうが滑りにくいですね。

それと同じことです。

そのためチョークは、撞くたびにボールの表面にスパイクの傷を作っています。

粒子が細かいために肉眼では傷を見ることはできませんが、ボールの寿命を決めているのは、チョークであるともいえるのです。

もちろんタップに関しても、チョークが塗られるたびに削られています。 

「同じタップでどれだけチョークの違いが出るか」を知るために、

同じ設定で同じ撞点を撞くテストもした

チョークの性能を決めるのは、スパイク粒子の細かさです。

塗ったときにサラサラするか、ヌルッとするかという、ヤスリでいうところの番手の細かさが各社で若干異なります。

昔の「ナショナル・トーナメント・チョーク」はシカゴで製造されていたため、通称「ナショナル・シカゴ」といわれていたのですが、これは「幻の名品」といわれ、数千円出してでも「ほしい」という人も少なくありませんでした。

ポケット・ビリヤードでは、パッケージが茶色の通称「茶ブラ」をはじめとする、古い「ブランズウィック」のチョークがベストという人も多いです。

その他にもいろいろなチョークがあって、今でも100銘柄以上はあるのではないでしょうか。

ちなみに、今一般的に多く使われている「マスター」が少しパラッとした感じがするのに対して、昔のチョークはねっとりとして粒子が細かい傾向がありました。

タップの開発時には「同じタップでどれだけチョークの違いが出るか」を知るために、代表的な銘柄であるナショナル・トーナメント・チョーク、ブランズウィック、マスター、そして「トライアングル」の4つを使って、同じ設定で同じ撞点を撞くテストもしました。

その他にも数十種類のチョークを使ったことがありますが、そうした経験からいうと「ボールを傷めすぎない」「汚しすぎない」「食い付きがいい」といったトータルバランスで見れば、その4銘柄には大差がないと思いますし、それらのどれかを使うので十分だと思います。

もちろん、ボールに対する食い付きの良さでいえば、その4銘柄よりも「名品」といわれるものなどのほうがいいと思います。

でもその反面、「ボールが汚れやすい」「少しねっとりしすぎてる」といった短所もあって、たとえ名品といわれるものであっても、まさに「完璧」といえるものを見るまでには至っていません。

それであれば、入手しづらかったり値段が高かったりするものをあえて選ぶことはなく、その4銘柄のどれかを使うので十分だと思います。 

撞いたときにタップの繊維がぶつっと切られて

表面が根こそぎ削られてしまう

ビリヤード場にはほとんどの場合、チョークが用意されています。

多くの人がそれを使い、問題なくプレーできている思いますが、それでもマイチョークを持つほうがよいと思います。

チョークの塗り方には、人それぞれで違いがあります。

そしてそれによってチョークの表面の形状にも、お椀型や「+」模様など、個性が出るのですが、自分と違う塗り方でできた形状の場合、意外ときれいに塗りづらいものなのです。

また、たとえば長年マスターを使っている人がいるとします。

マスターはおそらく一番ポピュラーなチョークだと思いますが、とはいえどのお店にも必ずあるわけではありません。

そのため、もしマイチョークがなければ、マスターとは違う銘柄のチョークを使わざるを得ないこともあるでしょう。

チョークの成分の配合比率は、メーカーごとに若干異なります。

つまり、普段と違うチョークを使うということは、粒子が違うもの同士をタップの表面で混ぜ合わせるということになり、それだとそのチョークが持っている個性を消してしまいますし、タップにも良くないのです。

要は「チョークは混ぜるな」ということです。

その点でもマイチョークを持ったほうがいいと思いますし、もし違うチョークを使う場合には、タップに付いたチョークを拭き取ってから使うのがいいと思います。

また、チョークを使うときに注意すべき点があります。

ボールの表面にはワックスが塗られていて、ボールを撞くとそれがタップに付着します。

その状態でチョークを塗ると、タップに付いたワックスがチョークにも移動し、その結果、タップとチョークの両方にワックスが付いた状態になります。

その状態ではいくらチョークを塗ったとしても、チョークとタップの間でワックスをキャッチボールするだけになってしまいますから、撞いたときにタップが滑りやすく、ミスする確率も高いのです。

チョークにワックスが付くと、表面がてかって見えます。

そうした状態になったらティッシュで拭き取ってリセットしましょう。

それともう一つ。

チョークのノリが悪いからといって、タップにヤスリをかけて表面を毛羽立たせることも良くありません。

ミクロレベルの話になりますが、ヤスリをかけて起こした毛の間にチョークのスパイク粒子があると、ボールを撞いたときにタップの繊維がぶつっと切られて表面が根こそぎ削られてしまい、ミスが起きるのです。

端の撞点を使ったときに特に起きがちなミスですので、注意してください。 

一緒にプレーする人やお店のことを考えて

チョークを選び、マナーを守って使う

チョークは、ビリヤードをプレーするうえでの必需品ですが、一方でボールやテーブルを汚します。

ですから、ノリの良さという点では、前述の代表的な4銘柄を上回るものもありますが、そうしたチョークを使う際には注意する必要があります。

スパイク粒子が鋭すぎると、チョークの粉がラシャに散った場合に拭き取れなくなることもありますし、特にポケット・ビリヤードでは交代で同じボールを撞きますから、相手にボールを汚しすぎるチョークを使われると困るはずです。

自分が撞こうと思ったところにチョークがべっとりと付いていたら、そこはもう撞けないですからね。

将来的には、チョークに代わるものが発明されるかもしれません。

吹き付けるとさっと乾く、粘着性のあるスプレーなどですね。

でもチョークを塗る仕草は、ビリヤードをよく知らない人にさえ「ビリヤードのイメージ」として通用するように、文化としても定着していると思います。

ですから、チョークの代替品ができるのは、まだまだ先の話でしょう。

これからもチョークを使い続ける以上は、一緒にプレーする人やお店のことを考えてチョークを選び、マナーを守って使うことが大事です。

テーブルなどの道具はみんなの共有物ですし、元よりビリヤードは、「ハスラー」なんていう言葉とは程遠い、気品のある遊びでもあったのですから。

2015年 2月14日 Written by. Hideo Moori